伝説の石、レッドストーン。

500年以上前に発生した伝説は、現実のものとなってその物語の終焉を迎える。
小さな欠片となり各地に散らばったレッドストーンを探し当てたのは、それ取り戻そうと捜索していた天界の天使でも、それを奪い取らんとしていた魔界の悪魔でもなく、地上界の「人」であった。

しかし「人」は、その石に秘められた能力を解放する術を持ち合せていなかった。
それを知る天界や魔界の者は、「人」に対して、我らであればその力を引き出す事も可能であると噂のように流し、石を獲得する為に「人」との接触を図ろうとした。
案の定、石の解放を委ねるしかない「人」は天界や魔界を訪れ、天界と魔界の者達は喜んで力の解放に手を貸した。
ただ、両者が叶える事が出来る願いはそれぞれ異なり、石の欠片を持つ者たちは選択肢に迫られた。
天界の者によって解放された力を得るか、魔界の者によって解放された力を得るか・・・解放しないという選択肢もあったが、それを選ぶ者たちは殆どいなかった。

元々、個の強さを求める「人」は、個であるが為にその選択肢もまちまちだった。
徐々に天界、魔界に欠片が集まり、欠片の数はその全数をほぼ二分する。
時と共に天界、魔界に持ち込まれる石の数が減少すると、天界は魔界の、魔界は天界の欠片を手に入れんと考えるようになった。
お互いを合い受け入れぬ両者は、同じ時期にその方法を模索し、導き出した答えはまるで必然であるかように全く同じ答えだった。

それは「人」の利用であった。

「人」が誰しも持つ強さへの欲望を煽り、そして相手を攻撃する大義名分を与えることで、多くの「人」の意識を奪い人形のように操作する事は出来なかったが、意思を操作する事ぐらいは両者にとって造作もない事だった。
そして、フランデル大陸極東地方を舞台とした「人」による天界と魔界の代理戦争が勃発する事になる。
急激に広まっていくその戦火は、天界も魔界も予想を超えるものとなり、大戦といって過言ではないほどになった。
「人」は利用されているとは知らずに挙って最前線へ赴き、命を散らしていく。
大陸はまさに「人」の血で覆われる勢いであった。
利用されている事に逸早く気が付く者もいたが、彼らは臆病者扱いされて、その言葉は完全に無力だった。
強さを得ようと戦闘に明け暮れ、血で手を赤色に染めていく。
弱いながらも結ばれていた同属の絆という糸は途絶え、自分以外はたとえ親子でも敵という意識が精神を蝕む。
そんな彼らに休まる時は全く無く、心身ともに疲弊していった。
天界の者も魔界の者も、そんな彼らに手を差し伸べることは無く、ただ傍観するだけだった。
まるで「人」と「人」が殺し合う事を嘲笑うかのように。

「人」はようやく、この戦いの先に何もない事に気が付くが、既に手遅れの状態となっていた。
「人」にはもはや、両者を憎むことすら出来ないぐらい疲れ切り、まして立ち向かう事など到底出来ることではなかった。

結局「人」に得るものは何も無く、ただ空虚だった。

その後、天界と魔界の戦争は停戦となり、レッドストーンは、まるで始めから仕組まれていたかの様にあっさりと天界へ返還される。
だがその事は、空虚に支配された「人」の心において知りたくもない出来事となっていた。
大戦は1年にも満たない短いものだったが、「人」が失ったものはとてつもなく大きかった。


月日は大戦から25年が過ぎる。
フランデル大陸極東地方は驚くほどの早さで再建していた。
かつての栄華を取り戻すほどとなり、復興が進むにつれてそこに生きる人々の顔には笑顔が戻り始める。
あの忌々しい記憶はなかなか消えるものではなかったが、時は人の心をゆっくりだが確実に癒していた。


そして更に2年が経過した。

時は深夜、パブル鉱山最深部で頭からローブを被った老人と思われる人物がよろよろと歩いている。
老人は暗闇の中で手を岩壁に着きながら、歩くのがやっとという足取りで何処かを目指し進んでいるようで、何度も崩れ落ちそうになる体を精神力で動かし、やがて少し開けているように思われる場所にでた。
その場所の中央付近でまるで力尽きるように両膝と両手を地面につき、何かの呪文を唱え始める。
静かに詠唱を終えると老人を中心に魔法円が高速に描かれ、その描画を後追いする様に勢いよく赤い光りを放ち、老人自身とその周辺一帯を照らした。
魔法円の光によって照らされた老人の顔は、既に光を失っているのか瞳は窪み、頬は痩せこけて皮膚の付いた頭蓋骨の様だった。
間も無く、魔法円の力によって空間が歪み、老人の2倍はあろうかと思われる大きな魔物が現れた。
その魔物は鋭く細い目を赤く光らせ、頭には羊のような2本の角を生やしていて、足先に届きそうな2本の長い腕の右手には巨大な鎌のような武器を持っており、身長の半分を占めるカモシカのような足と、細身だが引き締まった全身濃い緑色の体を有していた。
下部から赤い光で照らされた魔物の姿は、その光によって不気味さが一層増し、ドーム上の天井には魔物の影が大きくぼやけて映る。
魔物は口から瘴気を吐きながら鼻筋から眉間にかけて大きくしわを寄せ、赤い目を細めて老人を睨み付けながら話し始める。

「ワレヲショウカンセシハオマエカ・・・」
老人はその問い掛けに答えず、ただほくそ笑む様に、皮と骨だけとなった顔の口元が吊り上ったように見えた。