夜明け。
朝霧が光を反射して大気は白く輝き、静かだが森や大地は生気に満ち溢れている。
朝を迎え、静寂に満ちた町はにわかに活気付いて、木造建築の屋根にそびえる煙突から白い煙が上がり、それがかすかに香ばしい。

鉱山町ハノブ。
エルベルグ山脈北端の麓に位置し、採掘した金属で生計を立てている小さな町。
現在より450年ほど前、フランデル大陸西方に位置する大帝国エリプトより大陸極東地方へと、レッドストーン探索のために、多くまた長きに渡り部隊が投入されたが、捜索中にエリプト帝国は魔物たちによって襲撃を受け壊滅。帰る場所をなくした捜索部隊は大陸極東地方を彷徨い、やがて現在よりやや南方に根を下ろしたのが起源という。
やがてハノブはフランデル大陸極東地方最大の都市ブルンネンシュティグに続く規模の都市にまで成長したが、突如として魔物の襲撃を受ける。民衆は鉱山に逃げ込む事で最悪の事態は免れ、なんとか現在の位置を町として再建する事に成功した。
エリプト、ハノブが魔物の襲撃を受けた原因について数々の憶測が飛交ったが、実際のところ定かではなかった。


ゴウンゴウンゴウン・・・プシュー
町外れにある鉄鉱山の地下深く伸ばされたエレベーターが数人の鉱夫を乗せて地上に到達した。
アレクは、朝露で輝く大地に目を細め、瞳に降り注ぐ朝日を太くたくましい腕で遮った。
やがて目が慣れ、マスクを外しながらエレベーターから降りる。
すがすがしい天気とは裏腹に、鉱夫たちの顔は浮かなかった。
鉄鉱山は40年ほど前に開拓された比較的新しい鉱山で、現在の主鉱山である。しかし、徐々に採掘量は少なくなっており、新たな採掘場所を探すべく更に地下へと掘り進んではいるのだが、現在のところ期待出来るような成果は上がっていないからだ。

みな自宅へ戻り一眠りした後で、特に打ち合わせた訳でも無く、正午過ぎに何人かは酒場へ集まっていた。
アレク、ゼルゲイ、ケインはテーブルに着いて、麦酒と適当なつまみを注文する。

アレク【アレク ローゼンフェルド】は、そろそろ50歳を迎えるのだが、見た目は若く40代前半に見られる事も多い。傭兵をしていたが、27年前の大戦以降、その活動に見切りをつけて鉱夫となった。
ケイン【ケイン バルザック】の出身は新興王国ビガプール。現在20歳で、鉱夫として2年目を迎える。物心ついた頃には既に両親はおらず、名と性、及び年齢は教会の神父から本人に告げられたものだ。とある事で教会を飛び出してビガプールのスラムで荒んだ生活をしていたが、アレクと出会いハノブで暮らすようになる。
ゼルゲイ【ゼルゲイ ガザエフ】はハノブ生まれのハノブ育ちであり、代々鉱夫の家系を持つ。現在39歳であるが争い事が苦手で何かと仲介役に回る事が多く、苦労人な為かやや老けて見える。

3人は運ばれてきた麦酒を手にして乾杯のような仕草をした後、一気に飲み干した。
酒場では光の柱の話題が上がっていた。数日前の深夜、山脈のハノブとは反対側になる位置あたりで、光が柱のように立ち昇ったという。この話は、ブルンネンシュティグからもたらされた話で、実はハノブからは山が邪魔をしてその現象を確認する事は出来なかった。しかし、光が立ち昇った時と同じ頃、ハノブおよび鉱山にて滅多に起きない地震が発生しており、何か関連があるのではというのが主な話題だ。
「山の反対って言うと、廃坑のあたりかな?」
ゼルゲイは興味があるらしく楽しげに話し掛けるが、アレクはたいして興味が無いようで「さあな」と答えるだけだった。
集まっても仕事の話はしない。話をしたところで問題は解決する事はないし、なにより鉱山以外では仕事のことは忘れたいというのが本音であり、それだけ追詰められていた。
いつもなら適当な雑談をしながら酒を飲み、つまみを食べて有意義という訳でもない時間を過ごし別れるのだが、今日は違っていた。
「あのさ、(鉄鉱山は)これ以上掘っても期待出来ないんじゃないかな」
ケインはテーブル上に手を組み、うつむきながら口を開いた。
2人は暗黙で禁句としていた言葉に少々驚いたが、その真剣な表情に、聞き流す事は出来ないと悟った。
「しかし・・・他の場所といってもなぁ」
ジョッキの底に溜まっていた麦酒を飲み干しながらゼルゲイが言った。

「パブル鉱山なら・・・」
「あそこは駄目だ」
と、だらしなく背もたれに寄りかかったアレクはケインが口を開いた途端、間髪いれずにその言葉を遮った。
ケインは即座に否定された事にムッとして、勢いよく両手をテーブルに付いて立ち上がる。
「あそこなら希少金属だって多く採掘出来るんだろ!?」
「そうだな」
目を閉じながら答えるアレク。
「なら・・・!」
「ケイン・・・10年も前に閉山してるんだ、今更持ち出すな」
アレクはやや苛つく心を静めるために深く息をつき、椅子に座りなおしながら向き直ってそう言った。
ケインはこぶしを強く握り何かを言わんと唇を震わせたが、何も言わずその場から出ていった。

パブル鉱山はもともと鉱山ではなく魔物の住処だった。
エルベルグ山脈の西側の麓、ハノブとは山を挟んで反対側にあり、今は廃坑と化した鉱山から偶然魔物の住処を掘り当ててしまった場所だ。住処を荒らす外的を排除すべく魔物は鉱夫たちに襲い掛かるが、強靭な身体を持つ鉱夫たちに返り討ちに合う。
かくして魔物の住処は鉱山と姿を変えたのだった。
その後も魔物は存在したが、鉱夫たちとってはさほど脅威でもなかった。
それよりも、14、5年前から鉱山内にガスが発生するようになり、そのガスの為か頭痛や目眩、吐気を起こす者が多数出た。時には死に至る事もあってハノブの長であるクレルは、これ以上被害を拡大させないために、10年前にやむなくパブル鉱山の閉山を宣言した。

出て行くケインを見ながらゼルゲイがいう。
「まあ、気持ちは解かるが」
「未だ若い、か」
ジョッキを目線の高さまで持ち上げ、中で踊る麦酒の泡を眺めながらアレクがそう言い、ゼルゲイに視線を移して目配せをする。
ゼルゲイは控えめに両腕を広げてやれやれと肩をすくめて言った。
「あんたが行くのが一番だと思うがな」

日も落ち、家々には灯りがつく。夕飯を食べ終わり、アレクは娘のカレンとくつろいでいた。
「あたしもコウフになる!」
「ほぅ?そりゃ頼もしいな」
「よし、腕相撲で父さんに勝ったら鉱夫にしてやろう」
「負けてあげればいいのに」という妻であるシャロンの言葉に、「冗談じゃない、鉱夫なんかにさせてたまるか」と真顔で言う。
アレクは3人の子がいる。
長男のアッシュ、次男のルイス、末の長女がカレンだ。
カレンはまだ幼く家にいるが、ルイスは剣士として2年前からブルンネンシュティグ正規軍に、アッシュは戦士道を極めると、5年前に出ていったきり音信不通となっていた。

騒がしい団欒を過ごす家族が住む家のドアが叩かれる。
「夜分すまん」
扉を開けるとゼルゲイの姿があった。
ゼルゲイの普段はあまり見せない険しい表情に、アレクは只ならぬものを感じる。
「ケインが、いない」
普段であれば気にするような事ではないのだが、酒場での件で何か嫌な予感がしたのだ。
アレクも同じ思いを感じ眉間にしわを寄せ、腕を組みながら闇の中にそびえるエルベルグ山脈の方を見た。
山は静かに、だがいつもと違う不気味な何かを放っているように思えて無意識に肩をすくめた。