「むんっ!」
アレクは剣の柄を両手で持ち振り上げ、魔物の鎌を振り払った。
魔物は、得体が知れないこの戦士に警戒したのか、後方へ飛び去る。

「動けるか?」
痺れが取れてきたケインは、その痺れのお陰で痛みが和らいでいた事に気が付く。
どうやらあばらが数本折れ、右足の脛を骨折しているようだ。ヒールポーションを使ってもそう治るような状態ではないがそれでもポーションによって話が出来る程度には回復できた。
強烈な痛みを抱えつつ、それでも動こうとするケインに、「無理はしなくて良い、そこにいろ」とアレクは声を掛けた。
アレクは立ち上がって、数歩魔物のほうへ向かい、あまり驚いた様子も無く魔物の名前を呼ぶ。
「バフォメットか」
「(妙だな・・・こいつは召喚しない限り、地上界には出現しないと思っていたんだが)」
そう思い、ケインに声を掛ける。
「ケイン、お前がここに入る前に人が入った痕跡はあったか?」
「い、いや」
「・・・そうか」
入り口の事を聞かれたケインも、ふと、アレクがどうやって扉を通過したのか疑問に思ったが、細かい事が苦手なアレクが取った方法は容易に予測出来たので聞かなかった。
アレクは魔物を見据えながら左足を半歩引き、体をやや前傾に低くして、剣を腰の辺りでスッと水平に構える。
そして、剣先をやや後方へゆっくりと引く。
「気を付けてくれ・・・こいつの動き、普通じゃない」
「ああ、そのようだな!」
そう言い終えると大地を蹴る。
間合いを詰め、渾身の力で右から薙ぐ。
限界まで鍛え上げられたツヴァイハンダーは、その力に呼応するようにキィィィィンと共振して白く輝き、うなりを上げた。
バフォメットは、その攻撃に応戦しようとするが、水平切りから剣を返して上段振り下ろしに移り強烈な突きに繋がる多段攻撃に、鎌で受け止めるのが精一杯だった。
アレクは鎌に弾かれた反動を利用して、くるりと時計回りに回転し、今度は左側から攻撃を打ち込んだ。
バフォメットは鎌の柄でなんとか回避するがバランスを崩す。
左足を踏ん張ってなんとか倒れることを堪えたバフォメットは、前方にいる敵の動きを捉えようと顔を起こした。
そしてバフォメットが見たものは、大剣を上段に構え、今まさに撃ち込まんとする戦士の姿だった。
「ディレイ・・・」
「クラッシングッ!!」
バフォメットはとっさに頭をかばうようにガードするが、アレクはガードの上から構わず撃ち込んだ。
8体に分身して仕掛けてくるような怒涛の攻撃に、上半身が下半身にめり込むように体は折れ、膝は揺れ、堪え切れずに片膝を地面につく。
バフォメットは攻撃が止んだ隙にたまらず距離をとるために後方へ飛ぶ。
しかしアレクは、その動きを読んでいた。
「はっ!」
そう気合を込めるとツヴァイハンダーは薄緑色に輝く。
霊波を帯びた剣を下から真上に振り上げると、剣先が描く弧に合わせて三日月形の巨大な霊波刀が具現化し、ゴゥと地面を切り裂きながら魔物を目掛けて飛ぶ。
霊波刀は、それを受け止めんと思わず伸ばした魔物の左手を容赦なく吹き飛ばし、主から切り離された左腕は、のた打ち回りながら地面に落ちやがて動きを止めた。
バフォメットは、一旦は両足で着地したが、勢いを殺し切れず仰向けに倒れこんだ。

アレクは剣を中段に構え、大きく、長く息を吐き呼吸を整え、敵を見据えた。
鎌を支えにようやく立ち上がった魔物の体は、アレクの連続攻撃により身体は無数に切り裂かれ、吹き飛ばされた左腕の根元からどす黒い体液が流れ出ていた。
バフォメットの悲痛にも似た表情をしてアレクを睨み付け威嚇するが、実力の差は明らかだった。

岩壁に寄りかかって座り、体力回復に専念していたケインは、その一方的な戦闘に言葉が出なかったが、なによりアレクがここまでの戦士とは思っていなかった。
戦闘は間もなく終わりを迎える判断したケインは、痛みを耐えながら壁伝いに立ち上がろうとする。
「待て」
立ち上がり近寄ろうとするケインを静止した。
「何か様子がおかしい」

その時だった。
バフォメットはビクン、ビクンと痙攣を始めたかと思うと「ガッ・・・カッ・・・」と、かすれた声を上げ苦しそうにもがき出す。死を前にした断末魔かと思ったが、なにか違う。
グガアアアアア!
悲鳴のような叫びを上げ、まるで操り人形のように鎌を持つ腕をダラリと下げたまま胸部を突き出すように立ち上がると、大気が揺れ、バフォメットを中心に竜巻のような突風が起きる。
ビクビクと痙攣するバフォメットの胸部が裂け、その裂け目から黒く光る石のようなものが迫り出すように現れた。
「何が・・・!?」
誰に答えを求める訳でもなくケインが叫ぶ。
風で舞い上がる小石をガードしながら黙って見ているアレクだが、目の前で起きてきる壮絶な光景に驚きを隠せない。
バフォメットの肌の色が徐々に黒く濁り始め、胸部の石を中心にして放射状に体中の血管が浮き出る。
ガハァァ・・・
徐々に平静を取り戻すと、今までにない禍々しい邪気を放ち、数刻前まで戦っていたそれとは明らかに違った。